小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

11 百万ドルをとり返せ! ジェフリー・アーチャー(1976)

 

【あらすじ】

 大物詐欺師で富豪のハーヴェイ・メトカーフ。次なる詐欺として、近く石油が出るという北海油田幽霊会社の株を買わせる計画を立てる。新入社員のケスラーをそそのかせて、彼の友人たちに計百万ドルの投資を進めることになった。そこでメトカーフは売り抜けて膨大な利益を得る。代わりに株価が大暴落をして元手を巻きあげられた四人の男たち。天才的数学教授スティーブンを中心に医者のロビン・オグリー、画商のジャン=ピエール・ラマン、そして貴族のジェイムズ・ブリグズリー。彼ら四人は「1ペニーも超えず、1ペニーも欠けず」をモットーに、専門を生かしたプランを持ちより、頭脳のかぎりを尽くして奪われた百万ドルを取り返そうとする詐欺(コン・ゲーム)を繰り広げる。

 

 【感想】

 原題は「Not a Penny More, Not a Penny Less」。作者自身が詐欺を受けたために財産を失い政界を退くことになった。その経験を活かして本作品を書き上げるデビュー作。とは言え作品中に映画「スティング」の詐欺について苦言を呈し、1つだけでないいくつもの詐欺を重ねて、かつ相手に詐欺を受けたことを相手に知られないようにする「完璧な詐欺」の出来栄えは、デビュー作とは思えない見事。日本ならば「勧善懲悪」、相手が叩きのめされるシーンが欲しいところだが、そこはイギリス。イギリス文学は奥が深い。そして最後の「オチ」も日本人ならば出てこない発想で明朗快活な「コン・ゲーム」。

 日本では1960年に発表された高木彬光の重厚な作品「白昼の死角」が金字塔だったが、日本の後継者たちは「コン・ゲーム」を軽快に描くことが主流になる。・・・・と、ここから本作品から離れます(詐欺の内容は、ネタばれになるので、手を変え品を変えた詐欺の数々を是非直接読んでください)。

 本作品の成功で作家アーチャーは政界復帰を果たすが、すぐにスキャンダルがすっぱ抜かれる。裁判でそのタブロイド紙を訴えて勝訴、名誉回復と思ったらその時のアリバイ証言が嘘だとわかり偽証罪で服役にと「事実は小説より奇なり」をまさに地で行った浮き沈みの激しさ。

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 その間も作家活動は旺盛だ。主人公の人生を長編小説で織りなす「サーガ」と呼ばれる作品では、自分の経験と「願望」を取り込んだと思われる「めざせダウニング街10番地」(原題は「First Among Equals」:同輩中の第一人者。解説では「閣僚中のトップ=総理」の意味と説明しているが、物語からは国会議員の中での第1人者の意味も重ねているように思える)。そして私が大傑作と信じて疑わない「ケインとアベル」及びその続編の「ロスノフスキ家の娘」。そして最近まで描かれた「クリフトン年代記」などストーリーテラーとしての才能が十分に発揮されている。

 またスリラーでは「ロシア皇帝の密約」、「盗まれた独立宣言」。そして主人公の上司の行動に息を呑み、ラストシーンが印象的な「十一番目の戒律」など、これまたディテールが緻密でスケールが大きく、そして気の利いた「オチ」も忘れない作品を多く描いている。

 作家生活は40年を超え、かつ質の高い作品を量産している。これだけの才能があれば詐欺事件に遭わずとも、いずれ作家活動に入ったと思われるが、その才能を(「めざせダウニング街10番地」のように)政界で発揮し続けたかもしれない。それからするとアーチャーには大変申し訳ないが、読者にとっても「運命の詐欺事件」だったのだろう。いろいろな意味で作者の「原点」の作品である。

*私が傑作と信じて疑わない、2人の苛烈で運命的な人生を描く小説。