小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

10 シャドー81 ルシアン・ネイハム(1975)

 

【あらすじ】

 ベトナム戦争末期の1972年、アメリカ軍のジェット戦闘機、TX75E機が突然消息を絶った。その戦闘機は可変翼を備えた垂直離着機で、当時アメリカの最高水準の戦闘能力を持つ。

 その数週間後、ロサンゼルスからハワイに向かう747ジャンボ旅客機が乗っ取られた。完全武装したTX75E機がジャンボ旅客機をいつでも攻撃できる位置で追跡し続け、ハイジャックを行う斬新な方法。レーダーでは捕捉できるが、旅客機の死角に入るため、決して姿を見せなかった。犯人は二百余名の人命と引き換えに巨額の金塊を要求する。斬新なやり口で地上にいる仲間と連携し、政府や軍、FBIを翻弄する。

 実はこのハイジャック事件を計画したのはTX75E機の産みの親であるエンコ空将。TX75E機は製造に高額の予算が必要なため、アメリカ政府はその製造計画を中止しようとしていた。そこで優秀性を示し製造の続行をアメリカ政府に翻意させようとしていたのだ。

  

【感想】

 最新鋭ジェット戦闘機をテーマにするため、ディテールの緻密さ、正確な描写は欠かせない。ハイジャックの立案者とパイロットが空軍関係者とするのは、計画を実行する裏付けとして不可欠だが、リアリティーがともすれば欠如する危険をはらむ。その点は関係者が「うんざりとしていた」ベトナム戦争末期を舞台に持ってきたことで何とか解消した。

 まず計画の準備段階。かなりの紙面を費やしているが、そのアイディアと内容は圧巻。その場では明かされない、ともすれば本筋とは関係ないと思われる行動が、後から重要な布石だったことが明らかにされる。この準備の緻密な描写は話が後先になるが、核兵器をイギリスに持ち込んで混乱させようと企む、フレデリック・フォーサイスの作品「第四の核」を連想させる。

 そしてハイジャックの方法。最新鋭ジェット戦闘機一機を利用したシンプルにして大胆な計画。これも後先逆、そして空と海で異なるが、最新鋭の原子力潜水艦を主題とした漫画「沈黙の艦隊」を嫌でも思い出す。どちらの作品も当時の時代背景、政治情勢が深くかかわっている。また本作品ではジェット機の機長や管制官、新聞記者など、「沈黙の艦隊」と同じようにその道の「プロ」が何人も登場する。プロの会話や決断の1つ1つが物語に厚みとリアリティーを与えてくれる。

 最後の身代金の受け取り方法。まず奪取が不可能を思わせる金塊を用意させて、他の奇怪な要求も合わせて、どのように受け取るのか迷わせたあと「けむに巻く」見事さ。こちらはルパン三世か(但しファーストシーズン)、もしくは天藤真の「大誘拐」を挙げるのが適切か。

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 計画は成功する。大仕事をやり遂げた2人に、充実感と虚脱感が入り混じった様子で別れる姿がいい。でも、「ハイジャック計画」は本当に成功したのだろうか?

 このようにのちの名作の数々を先取りして「これでもか!」と詰め込んだ作品。ルシアン・ネイハムの作品はこの1冊だけだが、この本ならば十分でしょう。

 それにしてもハヤカワ文庫の表紙のセンスの良さと言ったら! 747ジャンボ旅客機を捉えたTX75E機の姿。縮尺も構図も背景も、この物語の核心を見事に切り取っている。