小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

6 さむけ ロス・マクドナルド(1964)

【あらすじ】

 私立探偵アーチャーは裁判所でアレックスという実直な青年から、新婚旅行初日に突如失踪した花嫁ドリーを捜索するよう依頼を受ける。ほどなくして、ある男がアレックス不在の時にホテルの部屋にドリーを訪ねていたことが判明。その男チャックは、たまたま見かけたドリーが、もしかしたら生き別れになった娘ではないかと思ったが、人違いだったという。だがまもなくチャックは姿をくらます。

 実はチャックは10年前に殺人事件を起こし、服役した過去があった。無罪を主張する彼が懲役刑を受ける決め手になったのが、事件の目撃者である娘の証言だった。だがその事件を調べるアーチャーはドリーの証言に疑問を持つ。

 ところが発見されたドリーはアレックスの元に戻るのは頑なに拒否。そしてドリーの身近なところで殺人事件が起き、ドリーは血まみれで保護される。そしてその被害者は、20年前の事件にかかわりがあることが判明する。

  

【感想】

 複雑な人間関係と過去の事件とのかかわり。本作品もまず謎の提示から始まり、登場人物の何人もが過去の悲劇を抱えながらも現在に持ち越している。そこで交錯する一つの些細な出来事がきっかけになり、表面的には落ち着いて見えるが、当事者の心の中では膨張していた悲劇が破裂し、更に悲劇的な事件を発生する要因になる。そしてアーチャーが調査を進めるうちにどうしても人間の、そして家族の不幸をさらけ出すことになる。

 本作品も最初は新婦の失踪事件から始まるが、そこで判明する過去の殺人事件と親子の悲劇。そして現在発生する殺人事件は、更に20年前の事件を蘇らせる。それらが思いがけない1本の線を軸に、表面的な事実を「ひっくり返す」。改めて表にさらされる家族の悲劇とそのショッキングな、思いもよらないエンディング。そしてこの一連の「悲劇」のエンディングに対してアーチャーのかける言葉は余りにも切ない。

 主人公は私立探偵のリュウ・アーチャー。捜査のためには警察と協力し時には協力を拒否し、多少の暴力やはったりも使うため、ダーシル・ハメットやレイモンド・チャンドラーの正統な後継者としてハードボイルドの範疇に分類されるが、その枠では収まり切れない「本格的な」謎解きが内蔵されている。そしてそのように日本でも評価が変化してきた。これはミステリー作家でもあり、偉大な評論家でもある法水綸太郞の功績が大きい。

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  ロス・マクドナルドは本作品に限らず、表面には見えないアメリカの家族の悲劇を「暴き」続けた。複雑で巧緻な事件の構図と、それを描くための人物設定。そして二転三転のどんでん返しと、ハードボイルドの看板とは裏腹に、ストーリーの展開は「アメリカの横溝正史。そして本作品と並ぶ「ギャルトン事件」「ウィチャリー家の女」「縞模様の霊柩車」などの名作たちも、全て「ハードボイルド」という言葉で括れない悲劇と謎解きが隠されている。

 作家ロス・マクドナルドは、高校時代の同級生と結婚。その出産費用を稼ぐため最初は教師として働く傍ら文筆活動を行う。しかしその作品はなかなか認められず、妻の方が作家として成功するのは早かった。それでも家族の悲劇と本格的な謎解きを詰め込んだ「一作入魂」の作品を世に出し続けた。

 そしてロス・マクドナルドは晩年アルツハイマー病を患い、長年苦しんだという。それは「一作入魂」の作家活動を行う過程で、文字通り「魂を削った」結果のように感じる。そして時折タイプライターに向かって「broken」と打ち続けた挿話がある。

 もう1つの「悲劇」がここにはある