小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

さいちのおはぎ

 

 5月29日に投稿した「困ったときの・・・・」で紹介した神社とお寺をお参りしたあとは、必ずと言っていいほど、秋保温泉にある小さなスーパー「さいち」に寄るのが恒例となっている。最初に訪問したのは2006年で、その頃からすでに地元ではおはぎで有名だったが、震災前の2010年に「カンブリア宮殿」で紹介されて、2015年にNHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」と「ガイアの夜明け」で取り上げられて全国的にも知られるようになった。

 過疎地にある従業員が(当時)10数名の小さなスーパーで支店もない。ところがここのおはぎが有名になり、行列ができるようになって、ついには週に何日か、仙台駅の駅ビルに出店が出て出張販売が行われるほどに。またお惣菜も数百のメニューがあるが、いつも真剣勝負をするためにレシピは作らない方針を貫いている。この現代のスタイルに背を向けた商売に、有名どころのスーパーや小売店も含めて見学がひっきりなしとなり「小売業界の奇跡」として、全国からも注目を浴びていた。

 

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 保存も考えて一般のおはぎやお惣菜は、味付けが濃くなっているが、さいちは塩分控えめで素朴な味わい。その代わり賞味期限は短く、購入するときは「早めに食してください」と声をかけられる。何でも以前お惣菜を作って出したら、地元の常連客から「あんたのところの惣菜は美味しくない」と忌憚のない意見を言われて奮起したものらしい。

 「プロフェッショナル 仕事の流儀」で使われて有名になった「お客様と競争だっちゃ」の言葉を胸に、専務で社長夫人(というより「さいちのおばあちゃん」)の佐藤澄子さんが日々お惣菜の調理に心を込めてきた。材料も1つ1つ分けて仕込むため、日が変わる時間から仕込み始める生活を続けてきた。そのためおはぎだけでなく、お惣菜も「家庭の味」を追求したもので、特に煮物系の味わいはくせになるほど。

 

 周囲からは2店舗目、3店舗目の出店を促す声も多かったが、自分のできることを考え、そしてお客様にどれだけ満足仕手もらえるかを判断の基準として、相当に良い条件の話も全て断ってきたという。「お客様が納得しないものを出して、それが受け入れられずに商売が立ち行かなくなるのは当たり前のこと」として、「だから難しく考えて1店舗にこだわっているわけではない」との理念は、さいちのおはぎのように素朴だが、それを貫き通すことは困難な話。

 もともと地元の小さなスーパーとして、大型店舗の安売りに敵わず経営が苦しい時もあったが、「ほうれん草をゆがくのが面倒」の言葉からお惣菜に力を入れ始めたもの。そこから手応えを感じ、また「美味しくない」と言ってくれる正直な常連客もいたため、真剣な姿勢を続けることで、ここまで来たのだろう。

 

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 配偶者はあんこが好きだが、一度「あんこ断ち」をした時期があった。願い事があり、そのため大好きなあんこを断ったそうだが、隣にいると気になるもの。理由は最後まで言わなかったが(想像はついたが、問い質すことはしなかった)、私はそんな根を詰めて生活する必要はないよ、と説得するもなかなか聞き入れてくれない。それを翻したきっかけが「さいちのおはぎ」をテレビで見たことだった。あんこの食べ物はいろいろとあるが、さいちのおはぎが一番気に入っているようすで、時には美味しく食べるために、買って直ぐ駐車場で車の中で食すほどに。

 

 NHKで放映時も、夫婦2人とも体調はすぐれない様子で、毎日手を抜かずにお惣菜を作り、そして売る様子を見ては痛々しく感じた。それでも夫婦はそれが「日常」で、変える気持ちはさらさらなかったのだろう。

 2020年1月27日、「さいちのおばあちゃん」佐藤澄子さん死去。享年84歳。

 その後も「さいち」に行列が途切れることはない。

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                       (画像:NHK)