小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

【コラム】 大坂なおみ選手の全仏オープン

1 今回の出来事の概略

 大坂なおみ選手が今年の全仏オープンで、恒例となっている試合後の記者会見を拒否すると発表した。その理由として自身のツイッターで「これまで何度もアスリートの心の健康状態が無視されていると感じていた。何度も同じような質問をされ、疑念を抱く質問が多く、自分を疑うような人の前で話せない」と主張した。それに対して大会運営側は、記者会見を拒否するならば罰金を科すと事前に通告する。1回戦終了後、実際に大坂選手は記者会見を拒否したため、予告通り罰金が科せられた。

 これに対して大坂選手が反発。5月31日のツイッターでは「怒りは理解の欠如です。変化は人々を不快にさせる」とコメントし、インスタグラムでは「さようなら、せいせいする」と表記されたジャケット写真を掲載し、2回戦の試合を棄権した。合せて自分が2018年からうつ病で苦しんでいたことも公表した。

 大会運営側は、当初は厳しい対応をしたが「うつ病」と公表された上での棄権にやや及び腰となり、「残念」とした以上のコメントは控え、翌日1日にはテニスの4大大会の主催者が共同で「彼女をできる限りサポートしたい」と発表した。

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写真:時事通信社

 

2 問題の所在

 錦織圭選手がこの出来事が起きた当初にコメントした内容が、1番わかりやすく「最大公約数」と感じる。「理解はできるが、大会のプロモーションの一環として選手がやらなけらばいけないことの1つだと思う。彼女が本当に(心を)病んでいて、罰金を払ってでも(拒否)しなければいけないことだと判断したのなら尊重すべき」と、プロテニスプレーヤーとしての立場を踏まえつつ、大坂選手の体調面を気遣った。

 そしてこの騒動はスポーツ界全体にも広がっていて、プロとしての立場と、反対に「人間」としてのメンタル的な不安に共感し同情する立場で意見が対立する。

 またマスコミからは「知る権利・伝える権利」の主張と、余りにも幼稚で意地悪な質問を繰り返すことへの反省に2分されている。

 それはどちらも正論と思われる。

 

3 マスコミに望むこと

 当たり前の話だが、質問の内容はその人の人格を反映する。相手を怒らせたり、感情的にさせることを目的とした質問をして、「いい画が撮れた」とする風潮があり、アスリートに対しての「リスペクト」が足りないと感じることはよくある。ただそれが続くと質問者自体、そして質問する場が軽んじられることになる。

 昔、人気絶頂期のジャイアンツ・原辰徳選手が、質問に対して同じことしか答えないと叩かれた時期があった。ジャーナリストの玉木正之は、原選手にちょっと違った質問をしたところ、非常に含蓄のある回答をして感心したことがあったという(玉木氏は、原「監督」が決まった時、まだ評価が曖昧な時期にいち早く「いい監督になる」と予言していた)。

 原選手も当時は「朝ご飯は何食べた?」という質問を1日10回以上、毎日のように受けていたらしく、単調な質問を何度も繰り返しされるのにうんざりしていたと言っていた。誰でも同じ立場になれば、そんな気持ちになるだろう。以降、玉木氏は原選手のコメントが一律的と非難される度に、質問に問題がありと思っていたという。

 玉木氏に限らず、選手の本質を見事に引き出す「名質問」も、数少ないが印象に残っているものもある。山際淳司が江夏投手にインタビューしたことで生まれた「江夏の21球」。プロ野球ニュースで、解説者の大矢(元ヤクルト捕手)が当時現役だった近鉄の梨田捕手に質問した西武攻略法。金子達仁がナンバーで掲載した、アトランタオリンピックサッカー日本代表の内幕など(・・・・どれも古くて申し訳ありません)。

 「この国民にしてこの政治あり」と言われる。スポーツ界でも、短絡的な「画」で喜ぶのではなく、内容を吟味して質問者を「選別」するだけの識見が「ファン」にも求められる。そして質問者も「プロ」として、プレーヤーと同じように、皆に見られている意識と真剣さを持って、質問をして欲しい。

 そうしなければ、選手自身が発信するSNSで充分とファンから言われて、マスコミの存在意義を自分で狭めてしまうだろう。

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4 大坂なおみ選手に望むこと

 今から思えば、昨年の全米オープンで黒いマスクを使って「口を覆って」行ったBlack Lives Matter運動は象徴的である。全米オープンでは準決勝を棄権することで(主催者側が試合を1日伸ばしたため、出場して優勝した)注目を浴びたが、今回は棄権することで攻撃も受けることになった。

 また「うつ病」を公表することで攻撃も収まるかと思ったが、同病のうつ病患者から「病気を言い訳にしている」、「うつ病は、スポーツもできないほど苦しいもの」、「対戦相手に失礼」などとの意見も出ている。また病気を公表するならば、その順序があるのではないかという苦言も出ている。

 症状にもよるが、試合では全力を発揮できるが、記者会見だとプレッシャーを感じて気分的に不安定になることもあるのだろう(但しそれならば「うつ」ではなく「適応障害」になるのか?)。本人の問題なので第三者が判断できないが、4大タイトルの一部を獲得して、「世界で最も影響力がある100人」に2年連続で選ばれた大坂選手のイメージからは遠く感じてしまう(この称号は本人が求めたものではないにしろ)。

 但しBlack Lives Matter運動の先頭に立つ勇気を持っているのだから、簡単に言って申し訳ないが是非「うつ病」も乗り越えて欲しい。プロテニスプレーヤーになった頃は「3歳児」だったのが、全米オープンを初制覇した時は「5歳児」に進化したと語っていた。トッププレイヤーならばメンタルトレーニングも積んでいるはずなので、精神面も磨いて「トッププレイヤー」になって欲しい。「なおみ節」で魅了したウィットがあるのだから、その資質は持っているはず。

 子供の頃大坂選手が憧れたセリーナ・ウィリアムス選手が、今回の騒動について「自分でも思い当たることがある」として「大坂なおみを抱きしめてあげたい」とコメントしている。そのセリーナも記者会見をこなすことで成長し、そして大坂なおみが憧れる選手になっていった。

 今では大坂選手は子供たちから憧れの目で見られる立場。是非セリーナのように記者会見で成長して情報も発信して、「大坂なおみ」を目指す子供が増えるような選手になって欲しい。

 そして大会運営側は今後、今回の騒動に対して全くスルーすることがないように。また過剰反応して「記者会見の回数を減らす」ことではなく、「記者会見の内容を向上する」動きになることを望む。

 

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写真:時事通信社