小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

3 Zの悲劇 (1933)

 目次を見てがっかり。あの「舞台裏にて」の章がない! そして読み始めてびっくり。何と文体が若い女性、しかも「自分は美しい」と自己主張するサム警部の娘、ペイシェンスの一人称となっている!(サム警部のDNAはどうなっているのか?)

 果たしてあの格調高い文体で描かれていた、異常に慎み深い(?)レーンを主人公とする「X」「Y」と同じシリーズなのか疑い、そして喪失感、ひいては怒りさえ浮かんだ。そのため本作に対する初読の印象は非常に悪い。当時は難しい年頃だったのだ(笑)。  

【あらすじ】

 「Yの悲劇」から10年、警察本部を退職したサム警視は、私立探偵事務所を開いて娘のペイシェンスとともに暮らしている。そんなある日、2人が表面上は「地元の名士」と見られるが、いかにも怪しい医師、アイラ・フォーセットの不正を暴くために呼ばれる。

 その過程でさらに怪しい、医師の兄の上院議員ジョセル・フォーセットが殺され、前科者のアーロン・ドウが容疑者として逮捕される。さらドウが脱獄し、同じ日にリーズ市から離れ、ちょうど戻ってきた弟のアイラ医師も殺される。ドウが無実であるという結論を出したペイシェンスは、レーンの協力も得てドウの無実を証明しようとするが、死刑執行の日は迫る。

 

 【感想】

 現在本作を読み直すと、若い(そして美しい)女性を主人公とするミステリーは全く違和感がない。探偵は「女には向かない職業」ではなかったのだ。巨匠クイーンの先見の明が感じられる(理由はそれだけではないが…)。

 対して、ドルリー・レーンは変わった。「X」「Y」で見せた行動力も控えめになっている。あれからいくつかの年月が過ぎ、レーンも老いた(理由はそれだけではないと思うが…)。そして若い才能に対して賛辞を送り、「あとは若い者に任せて」という境地に至っている。

 事件の舞台はニューヨーク市から離れたリーズ市。日本では「城下町」はあるが、「城塞のような」刑務所に見下ろされる町となると、それだけでも息苦しそう。

 容疑者は初めから明らかで、刑務所の囚人であるアーロン・ドウ。第1の殺人では、事前に被害者に(刑務所の中から)脅迫状と「木箱」を送り、事件はドウが出獄した日に発生する。ドウは容疑者として逮捕され、脅迫状と「木箱」を送ったことは認めるが、殺人は否定。そしてドウが脱走した日に第2の事件が起き、2つ目の「木箱」が犯行現場のそばに置かれている。あまりにも見事なタイミング。

 3つ目の「木箱」を送られた人物から、ドウと被害者たちの関係が判明。ペイシェンスとレーンはいくつかの事実と推理からドウは無実と判断するが、では真犯人は誰か。何となく想像はつくが、確信は持てないまま物語は進んでいく。

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  ニューヨーク州知事となったブルーノの力も借りて、死刑執行の場面に登場するレーンとペイシェンス。緊迫した状況の中、レーンは消去法を駆使して一歩一歩真犯人を追い詰めていく。その様子は、達人が暗闇の中で演じる剣舞のよう。レーンが発する言葉の一閃に白刃がきらめき相手の心を貫く。そしてその舞は、様式美に溢れ、格調高い。

 最後はレーンがペイシェイスに対し、一日の長を見せて事件を解決する。最後のシーンはまさに「悲劇」だが、全体は明らかに「X」「Y」とは違ったテイスト。

 最初は怒りさえ覚えた本作品だが、「レーン四部作」の「起」「承」から「転」に移る重要な役割を果たす。そして「結」へとつなげるために、必要な存在であり設定であることを後日理解する。