小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

2 Yの悲劇 (1932)

 Xの悲劇ですっかり長編ミステリーに魅了され、2週間後に控えた13才の誕生日のプレゼントに、レーン4部作の残り3作「Yの悲劇」「Zの悲劇」「レーン最後の事件」をまとめておねだりした。「Yの悲劇」の目次にある「舞台裏にて」を見て、期待は高まる。

【あらすじ】

 ニューヨークの富豪、ヨーク・ハッターが青酸を服用して自殺した。家族の皆が一癖も二癖もあるハッター家。目が見えず、音が聞こえず、話せない三重苦の長女ルイザが飲むはずだったものを、長男コンラッドの13歳の息子ジャッキーが飲んで死にかける毒殺未遂事件が起きる。そしてハッター家の女主人であるエミリー老夫人がマンドリンで殴られて殺された。エミリーと同じ部屋で寝ていたルイザは犯人の顔に触れており、その顔の持ち主は「すべすべした柔らかい頬」と「甘いヴァニラのようなにおい」をしていたという。

 名探偵ドルリー・レーンは、ヨーク・ハッターが書いていた探偵小説のあらすじを見つける。そこには、妻や子供たちから迫害されていたヨーク自身が犯人となって、復讐のために妻を殺害する方法が書き留められていた。

【感想】

 全編を覆う、暗く怪しい雰囲気の「ヨーク邸」内で起こる事件。一癖も二癖もある登場人物たち。その中でも象徴的な、三重苦のルイザ・キャンピオン。

 ルイザが狙われる事件が起きる中で、その母親のエミリーが「マンドリン」という、これまた特徴のある凶器を使って撲殺される。「犬神家の一族」を思わせる遺言状(こちらの方が先である)がまた様々な推測を呼ぶ。大きな謎、小さな謎が次々と起き、それに対する推理が展開される。その中で時に鋭い指摘を行うも、奥歯に物の挟まったかのような言動のレーン。

 犯人は、ルイザの「証言」などから何となく想像がついた。そのため犯人の名が告げられた場面でも、特段の驚きはなかった。

 但しあの「舞台裏」での回答編。ミステリー史上、最も巧みで大胆と思う手がかりを元にした推理。明らかに、そして無意識に感じていた違和感が、体内から次々と引っ張り出され、「真相」が構築されていく。その間、息をする間もない。

 そこから話は犯人の動機に移り、レーンの語りはトーンダウンする。淡々と語られ、そして突然結末を迎える。激しい渓流から緩やかな流れに移り、そして衝撃の結末を迎えるさまは、横山大観の大作「生々流転」を見るようであり、この物語の底に脈々と流れる、ハッター家と「探偵」の宿命を感じさせる

 (ウィキペディア「生々流転」は英語版です)

en.wikipedia.org

 

 この作品はクイーン作品の中でも、日本だけ突出して人気があり、その理由はクイーン本人もわからないと語っている。クイーン最初の「館もの」、また「あやつり殺人」などに求めて評されている向きもあるが、決してそれだけではない。多くの日本人が心の奥底に持つ以下のようなものが共感し、揺さぶられるからではないかと私は考える。

 弥生時代ぐらいまで、ずぅーっと血をたどっていけば結局行くわけだし、連綿としてつながっている。そこには古代の闇みたいなものがあり、そこで人が感じた恐怖とか、怒りとか、悲しみとかが綿々と続いているものだと思うんです。

 「夢をみるために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2009」111頁

  

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 10代の頃、よくこんな夢を見た。

 青空の下、綺麗に手入れされた「ハムレット荘」の芝生の上。池のほとりにレーンを挟んで、ブルーノ地方検事、サム警部の3人が並んで座っている(本来は向かい合っているはずだが、私の夢の中では並んでいる)。太陽が降り注ぐ中でレーンから語られる、陰惨な館の中で起きた事件の真相。その場面はサイレント・ムービーのように展開する。時には下から、時には真横から、時には上からと視点を変えて3人を映し出す。途中サム警部が立ち上がり、おぼつかない足取りでつまづく姿も見える。

 そして突然険しい顔をして立ち上がるブルーノ地方検事。うろたえるサム警部を連れて唐突に去っていく。レーンは二人を見送らず、背を向けたまま魚のえさを、力なく池に投げている。