【あらすじ】
ヨックスリー・オールド・プレースのコーラム教授の屋敷で、秘書のウィロビー・スミス青年が首をナイフで刺されて死亡した。スミス青年は死の間際に「先生、あの女です……」という言葉を残し、手には犯人のものと思われる金縁の鼻眼鏡を握りしめていた。ホームズはその鼻眼鏡を見ただけで持ち主の特徴を言い当て、ホプキンス刑事を驚かせる。
翌朝、ホームズたちは現場に行き、犯人が通ったと思われる草の上を観察した。そこは小道と花壇の間で、どちらに足を踏み外してもくっきりと足跡が残ってしまう場所だった。
その後、コーラム教授の部屋を訪れたホームズは、たばこの缶を落として、床にばらまいてしまう。しかし、全員でたばこを拾い集めるうち、ホームズは事件の真相をつかんだ。
【感想】
エラリー・クイーンならば、この作品を広げて「ロシア眼鏡の謎」を創作したかもしれない(笑)。「青いガーネット」の帽子と同じく、1つの物からその持ち主の特徴を推理する、若き日のホームズの観察眼が甦った印象を受ける。
足跡のない小道の推理も見事。「白銀号事件」で、犬が鳴かないことを「奇妙な行動」ととらえたホームズらしい「本来あるべきもの」を想像し、それがないことに対する不自然さとその原因を追究する推理も健在だ。
そこから導かれる1つの結論は、それまでの舞台設定からは到底出てこないもの。「将来嘱望されている」ホプキンズ刑事が「まったくお手上げ」とホームズに相談するのも納得である。
(なお河出文庫版において、ホプキンズは「ブラック・ピーター」では警部の肩書だが、本作品では肩書は刑事。W・S・ベアリング=グールドの研究では、本作品の方が事件発生は1年半ほど早い。将来嘱望されるだけあって、1年半で出世したか?)
この作品でもコーラム教授の悲しい過去が作品に影を落としている。犯人に対し「過去形で」素晴らしかったという教授。それを拒絶して事実を冷徹に告げ、犯行の動機を語る犯人。その背後にある人間模様は、「曲がった男」の人生を思い出させる。
それにしても、「啓示宗教(霊感や超自然的啓示を根拠とする宗教:河出文庫の脚注より)」の教授と、虚無主義者(ニヒリスト)の犯人は、当初、どのようにして結びついたのだろうか? (関係があるような、ないような・・・・)