小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

9 曲がった男 (思い出)

【あらすじ】

 インドで活躍したジェームス・バークリ大佐が「怪死」した。

 事件のあった晩お茶を持ってきた女中が、鍵がかけられた部屋の中で、大佐と夫人が激しく口論しているのを聞く。すると突然、恐ろしい男の叫び声と女の悲鳴が聞こえる。部屋の中で、大佐が頭から血を流して死んでいて、その横で夫人が気を失って倒れていたのが発見される。

 警察は夫人を第一容疑者として捜査を開始するが、ホームズが調査したところ、夫人が事件の起こった夜、ある背の曲がった男と会っていたという事実を聞き出す。その男に会ったことで、夫人が急に夫を憎むようになったらしい。ホームズはその男、ヘンリー・ウッドを探し出し、事件の真相を聞き出す。

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 【感想】

 この作品も初読の印象は悪かった。テーマは重々しく、ホームズの活躍は限定されている。最後の「オチ」も聖書の知識がないため、余り共感できなかった。よって題名を含めて、子供の心をワクワクさせる作品ではなかった。

 但し再読するにつれて、ヘンリー・ウッドの話と、その歩んできた人生に対して思いをはせるようになる。世界史でも有名な「セポイの反乱」を背景に起きた事件と、それにより運命が翻弄された、美丈夫「だった」兵士の一生が語られる様子は、ドイルの長編作品の後半部分を取り出したかのよう。ウッドがインド兵に追い詰められ、拷問されるシーンは、黒田官兵衛(如水)が有岡城で幽閉され、半身不随同然の姿になってしまった故事を思い出す。

 バークリ夫人も運命に翻弄された1人。ウッドと相思相愛であったバークリ夫人は、ウッドが「死んだ」ことで、バークリ大佐と結婚することになる。バークリ大佐に対して不満はないが、全ての愛情を注ぐことはできない。そんな心の隙間を埋めるために、貧しい人への支援活動を熱心に取り組む。そして30年ぶりにウッドと「生きて」再会した衝撃。その衝撃を、今は夫である大佐にぶつけることになる。

 30年前に「罠をかけた」大佐も、自業自得ではあるが、運命に翻弄された1人。ホームズ物語では、犯人が別人に罠をかけるケースは多い。その目的は復讐のため、真犯人に仕立てるため、嫉妬のため、そして自分の目的を遂げるためと様々。大佐はウッドに罠をかけることで、望みとおりバークレー夫人を射止める。

 そして結婚してから30年間、大佐はバークリ夫人を見る度に、罠にかけたウッドを思い出すことになり、良心の呵責を感じ続けたのだろう。ウッドを見ただけで、身体に衝撃が走り、脳出血を起こして死に至ってしまうのは、そのような呵責が長年苛まされてきたからと私は考える。初読の時は、姿を見ただけで死に至るなんてと思ったが、改めて読むと「ありうること」と思うようになった。

 もともと教養があり、将来が嘱望されたバークリは、本来そんな「罠」をかける人物ではなく、普通でもそこそこの出世はしただろう。ところが、バークリ夫人に対する愛情が、一時的に感情を狂わせてしまった。そのため夫人のためだけではなく、後悔と呵責に責められた気持ちから「勇敢な活躍」をすることで、結果的に望外の出世を遂げた。だがこの出世は、バークリ大佐が求めていたものだろうか。

 1つの「ミステイク」によって、三者の運命が軌道を大きく外れて翻弄された。そしてその運命が30年振りに交わるとき、1つの「悲劇」で決着を見ることになる。