小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

14 越境捜査シリーズ 笹本 稜平 (2006~)

【あらすじ】

 警視庁捜査一課の鷺沼友哉警部補は管理官とそりが合わず衝突と繰り返したため、捜査一課の花形である殺人班から迷宮入り事件を担当する「継続捜査」班に異動した。

 14年前、12億円を騙し取った男が金とともに消されていた事件が神奈川県警管轄で発生し、時効を迎えようとしていた。再捜査する鷺沼に対し、神奈川県警はこの事件に対し明らかに隠し事をしており、捜査の邪魔に入る。

 同じく神奈川県警のはみ出し者宮野裕之巡査部長は、警察が隠蔽しようとする巨額の裏金の行方を追い、その12億円という裏金をかすめ取ろうとする。信用できない性格の宮野だが、鷺沼は信頼できる恩師上司との繋がりもあり、宮野や新人の井上、そして横浜の暴力団幹部の福富の協力も借りて事件の核心へ迫っていく。

 

【感想】

 越境捜査。警察は管轄で捜査地域を区分けしている。被害届は管轄外の事件でも即時受理が必要であるが、事件の捜査は犯罪地を管轄とする警察署が捜査を担当する。そして警察は「縄張り意識」が特に強く「管轄外介入」を嫌がる。1984年に発生したグリコ・森永事件では、各県警間で情報の共有が上手くなされなかったことが問題になった。

 その中でも地方警察No.1の規模である警視庁と、隣接するNo.3の神奈川県警の仲の悪さは以前から有名だったらしい。それぞれ独自の捜査手法が育ち、またプライドがぶつかるためだろうか、1989年に発生した坂本弁護士一家殺人事件、そして1995年から本格捜査を行ったオウム真理教捜査の過程で一般にも知られるようになった。本作品はその警視庁と神奈川県警との確執を背景としている。

 「越境」は管轄区域の問題だけではない。縦割り組織の際たる警察内で、キャリアとノンキャリア、管理職と部下、捜査の部署、そして現役職員とOBなど様々な「区切り」が存在し、そこを越境する勢力がある。そしてその勢力はそれぞれの思惑を抱えて組織を動かす。

*続く第2作は、経済界と警察の癒着と犯罪を描きます。

 

 組織を構成する1人1人は真面目な人が多い(と思いたい)が、組織となり地位ができると、「組織人」の思考は組織に動かされる。そして組織を動かす効率性に忖度が加わり、時に「組織の歯車」は思いもかけない方向に回り出し、大きな疑惑や不祥事を動かす一端になっていることに気付く

 本作品もそんな物語でもある。北海道警でも問題になった裏金問題。それを警察内でどのように作られ、処理され、思いもかけない所にたどり着いたころを描いている。

 主人公の凸凹コンビ。性格は水と油だが、その二人を組ませたのは、刑事の鏡とも言える共通の恩師の存在だった。自分の目の前で殉職した恩師に強い尊敬の念を抱いていた鷺沼。そして宮野も同じその人を心から尊敬し、その人に憧れて警官になったという。重苦しく、専門用語などかなり密度の高い作品だが、凸凹コンビを中心とする会話を潤滑油にして、人の繋がりを、物語を動かす主軸としている

 シリーズ第2作「挑発」でも凸凹コンビは続き、経済界と警察の癒着と犯罪を描き出す。そしてそのシリーズはテレビドラマ化もされ現在まで続いている。

 北海道警、神奈川県警と続けば、次は大阪府警か。しかも大阪府警をシリーズ化した作品も「うまい具合に」存在する。でもその作品全編に溢れる関西弁がどうも頭に入らないこともあり(笑)、ここで「不祥事シリーズ(?)」は打ち止めにします。

 

*2021年11月に笹本稜平さんが急逝されたため、遺作となってしまいました。

 

越境捜査シリーズ

 越境捜査(2006) 本作品。

 挑発 越境捜査(2010) 鷺沼は殺人容疑で勾留中に自殺を図っていた。そこには経済界の癒着が。

 破断 越境捜査(2011) 鷺沼は宮野から、警察の制式拳銃が右翼の死体の側で発見されたと聞く。

 逆流 越境捜査(2014) 十年前の死体遺棄事件を追っていた鷺沼が暴漢に刺された。

 偽装 越境捜査(2015) 内偵を進めていた男がマンションの一室で死体となって発見された。

 孤軍 越境捜査(2017) 老人が殺されたが財産が消えた。その娘は警察の監察官と結婚した。

 転生 越境捜査(2019) 消費者金融会長は、実は空き巣のコンビだった男と入れ替わりだった。

 相剋 越境捜査(2020) 自殺とされた事件の裏に政治家の影がちらつくが、上層部の壁が阻む。

 流転 越境捜査(2022) 10億円もの資産とともに国外逃亡した男が横浜市内で目撃された。

 

 

 *テレビでは、柴田恭兵寺島進が凸凹コンビを演じました。

 

13 警察庁から来た男(道警シリーズ) 佐々木 譲 (2004~)

【あらすじ】

 拳銃摘発の「ヤラセ」が発覚した事件と、それがきっかけで判明した北海道警察(道警)の裏金問題。監察のため警察庁からキャリアの藤川警視正が道警本部に乗り込んで来た。秘密を知る男として道警全体を敵に回す形となり、かつての相棒だった佐伯警部に助けられた津久井巡査部長は、裏金について「うたった」(証言した)あと、警察学校の事務をしていたが、藤崎の直々をお声かかりで運転手となり監察に協力することになった。。

 一方津久井を助けた佐伯は風俗店が立ち並ぶ薄野地区で起こった、一旦事故として処理された転落死事件について、被害者の父親からの訴えにより再捜査を始める。そしてその店を捜査する中、1つの疑惑が浮き上がって来る。

 

【感想】

 佐々木譲ならば名作「警官の血」を取り上げようか迷ったが、地方警察の姿を描く本シリーズも捨てがたく、こちらを選んだ。

 シリーズ第1作である前作の「笑う警官(「うたう警官」から改題)」は、道警で現実に起こった拳銃摘発のヤラセ事件(稲葉事件)と、そこから飛び火した裏金作りを題材としている。「ヤラセ捜査」をした警官と同じ職場にいたため、真実を知る設定の津久井巡査部長に対し、それを隠蔽したい道警本部の「常軌を逸した」対応。そして濡れ衣を着せられた津久井を助けようとする仲間たちの活躍を描いている。北海道議会で行われる予定の証言をタイムリミットとした、真犯人を探し出す捜査は見どころ満載。

*シリーズ第1作。当時は警察の不祥事が全国で報じられました。

 

 本作品はその続編で、主要登場人物も事件の背景もそのまま継続している。そして新たに題名通り警察庁から監察官が来て、裏金だけではない様々な問題を炙り出すことになる。

 そのためか、前作よりも根が深い問題を取り上げている。冒頭に買収されそうになったタイ人少女を保護した女性が、追手を振り切り何とか交番に駆け込む場面が描かれる。これで警官が少女をタイ大使館に引き渡して解決と思ったら、何と警官が暴力団に少女を引き渡してしまう。

 もう1つ、薄野では様々な風俗店が軒を連ねていたが、取り締まりと同時に一掃されたが、その一軒の暴利バーで起こった墜落事故。捜査の過程で、特定の店は捜査の手が緩い、という疑惑が生じる。ある店では取り締まりによって廃業に追い込まれているが、一方で同じ事をしている店がそのまま営業して、警察の暴力団の「癒着」を、見事に表現している。

 そして警察庁から来た藤川警視正謎めいた、現場の刑事とは明らかに違う雰囲気を持つこの男は果たして敵か味方か。キャリア官僚でもあり、場合によっては事なかれ主義で済ませようとするのか、周囲は疑心暗鬼がつのる。但し藤川から見れば、監察の役割に敵も味方もない。組織がかりの「癒着」を暴くためには周囲も信用できないため、誘いや罠を潜り抜け、孤独に冷静に真実を暴いていく。

 対して佐伯は、1つの事件の捜査から道警の「癒着」に近づき、組織から探っていった藤川の流れと交錯する。そしてその交錯することが「敵」にとって一番危険な状況であり、その危険を「排除」する。その時の藤川警視正の覚悟は警察官としての矜持。それまでの扱いが謎めいていたので、「覚悟」は鮮やかさが際立つ

 道警の事件から始まり、全国の警察で裏金の存在が明らかになった時代。暗い話題が続く中、敢えて佐伯のチームと警察庁の藤川の活躍を描くことで、「警官の血」の作者は、警察に対して希望と信頼を託しているように感じる。

*「警察サーガ」とも言うべき傑作です。

 

12 推理小説(刑事雪平夏見シリーズ) 秦 建日子(タケヒコ) (2004~)

【あらすじ】

 新宿の公園で中年の男性と女子高生が殺害された。二人に接点はなく、通り魔的犯行か変質者による犯行と思われた。男性の死体の眼球はナイフで抉られた痕があるが、女子高生の死体にはなく、そのずれも原因がわからない。犯行状況から男性が先に、女子高生は後に殺害された様子。そして現場には白い無地の紙で茶色の縁取りの栞が残されており、そこにはこう書かれていた。「アンフェアなのは、誰か」

 第三の殺人はすぐに訪れた。弱小出版社の岩崎書房が主催する文学賞の授与式で男が毒殺された。そして現場にいる参加者のポケットから、またあの栞が発見された。

 

【感想】

 主人公は雪平夏見。名前も奇妙だが、人物設定は更に奇妙で「劇画的」になっている。大酒飲みで、飲んだら素っ裸で寝るのが癖。ちょっとやそっとでは起きず、事件が起きたら同僚が、30才過ぎとは思えない美しい肢体を眺めながら部屋に起こしに行く。但しその部屋は最後にいつ掃除をしたかわからないゴミ屋敷。

 殺人現場では禁止されているタバコを勝手に吸い、被害者のチョークの印に合わせて身体を横たえ、被害者の最後の視点を見て事件を俯瞰する。捜査一課検挙率No.1で、状況により犯人を射殺することも厭わない。その激しい性格と世間からのバッシングもあり夫は娘を引き取り離婚。わがままで自己中心的。つまるところ「無駄に美人」とまとめたコピーは抜群の冴え。

 作者はテレビの脚本家が本職だが、本作品を書いた動機は、脚本ではない作品を書きたいから。そのキャリアのためか、たぶんに実験的な「とんがった」作品となっている

 まず「推理小説」という題名。推理小説のお決まりの定義をいろいろと提示しつつ、それらを「からかって」、また自らひっくり返して自由奔放に書いている。

 続いては劇場型犯罪の事件。連続殺人に警察への挑戦を添えて、マスコミも巻き込んで煽る。また事件の内容を書いた小説を出版社に対し「競り」に出す発想は、マスコミ内部の人間にしか出てこない。

 第3は連続殺人の動機。第1、第2の殺人は被害者と全く接点がない。相手に対して全く動機がない。劇場型犯罪を煽るためだけとしか思えない犯行。第3、第4の殺人でかろうじて犯人との接点があるが、それでも殺人の動機は全く窺えない。窺えるのは犯人の心の闇のみ。

 第4は本の構成。限られた構成で作られる書物の中で、活字の大小や書体の変化、段落の区切りやスペースの開け方、叙述者の錯綜など、できる限りの表現方法を試みている

 第5はマスコミ内部の裏話。出版業界や小説の各賞の内幕、「売れている本」の正体、そして「大御所」作家の実態やゴーストライターの存在など。

*次作は本作品の翌日が舞台となっています

 

 これらの試みは読み手の評価の分かれるところ。殺人事件の謎も本の題名に「名前負け」している感は否めない(小説の存在自体が物語のテーマなのでやむを得ないが)。その中で主人公の雪平が生き生きと活躍している姿が物語の軸を支えている。

 結局はドラマの原作となり、映像を見たあとシリーズを読むと、雪平は篠原涼子でしかありえないほどの存在感を持っている(但し最近のスキャンダルな話題は残念)。これもテレビ脚本家である作者の狙いか。

 シリーズは次作「アンフェアな月」では本作品の翌日が舞台に設定されていて、その後も時系列的に進んでいくが、作品は2~3年おきに発刊されている。その中には雪平自身とその家族にも影響を与える事件も出てくる。かといって「アンフェアな国」(2015年)のような社会ネタも入れ込んでいる。いろいろな意味でテレビ向きの作品である。

篠原涼子の演技は見事でした。