小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 白昼の死角  高木 彬光 (1960)

【あらすじ】

 とある作家が温泉療養のために訪れた箱根芦ノ湯で、1人の男と意気投合する。

 男の身なりから相当の身分のように思われ、何気なく職業を尋ねたところ、男は自分の商売は犯罪者だと言う。作家が事情を聴き出してみると、戦後まもなく起きた、東大生が主体となって世間を騒がせた「太陽クラブ」事件から、最近までやってのけた恐ろしい一連の詐欺事件について滔々と語り始める。

 六法全書を隅から隅まで調べ尽くし、法律の抜け穴・盲点を突いて大胆不敵な詐欺を繰り返してきた「天才的知能犯」鶴岡七郎の一連の「活躍」を描くピカレスク・ロマン。

 

【感想】

 高木彬光と言えば戦後間もなくに衝撃的なデビューを飾った、日本家屋における密室殺人を描いた「刺青殺人事件」や、本格推理の名作「人形はなぜ殺される」、そして中学生の私がはまった「成吉思汗の秘密」など、天才探偵・神津恭介シリーズが有名だが、本作品はその高度な内容にもかかわらず、「ルパン三世」のテイストも感じさせて、子供心を「わしづかみ」された物語

 特殊な犯罪構成を持ち、専門的な金融知識も使われる長大な小説だが、1つ1つの犯罪がかなり練られて描かれている。また鶴岡七郎の主義から、同じ「作品」は繰り返さないため、いくつものアイディアをちりばめた、読み飽きない作品となっている。詐欺を扱う小説は「コン・ゲーム」と呼ばれ、軽妙なタッチの作風が多いが、本作品は詐欺を「芸術」と捉える主人公の性格もあり、重厚な作品に仕上がっている。

 

nmukkun.hatenablog.com

アングロサクソン人種の「コン・ゲーム」とは、取り組み方が違います。

 

 そしてやり方が鮮やか。専門知識は初読の時は追いつかなかったが、事件の概要は何とかついていけた。そしてアイディアから事件関係者への「調略」、舞台設定、演技と、仲間とともに進めていく詐欺の「作品」は読んでいて飽きさせない。極端な感想だが、詐欺に至るプロセスを綿密に準備する過程は、司馬遼太郎歴史小説関ヶ原」で、徳川家康が取り組んだ戦争準備の手法に通じるものがある。

 本作品の主人公鶴岡七郎が、詐欺に手を染めるきっかけとなるのが、「太陽クラブ」事件。昭和24年、鶴岡は同じ東大の仲間で、「悪魔的な天才」隅田紘一から誘われて闇金融業者「太陽クラブ」を結成。現役の東大生による金融業者の話題性を利用して莫大な金を集めるが、その違法性からわずか1年で摘発、倒産する事件で、実際にあった「光クラブ事件」をモデルにしている。鶴岡が太陽クラブの活動の中で、「カミソリ」隅田の発想から、次第に「ナタ」のような力強い能力が覚醒していく様子も秀逸である。

 そして数々の芸術的な「作品」を重ね、自分の流儀を貫く鶴岡に対して、周囲は徐々にお金の魔力に転落していく。鶴岡とは違い、その場限りのウソやハッタリで詐欺を働き、楽をしてお金を稼ごうとする油断が、「芸術」として捉える鶴岡との間にズレを生じさせ、警察に付け入る隙を与えてしまう。詐欺事件の被害者も哀れだが、犯人側も幸福な結末は迎えられない。本作品にふさわしい内容となっている。

 

 2020年6月、持続化給付金の作業について委託を受けた事務局が、実は広告代理店の中抜き会社で、実態のない幽霊会社ではないかと追及された。そこで公開された事務局の様子は急ごしらえの感は否めず、職員の仕事ぶりもとってつけたような感じ。そして翌日には「もぬけのカラ」となって、マスコミの一部は「令和の『白昼の死角』」と報道した

 古くて新しい傑作。これだけ時代に密着して描いた作品なのに、半世紀経っても賞味期限は失わない。

*こちらも「角川映画」で映画化されました(1979年)。

 

 

わたしが推す「ドカベン」キャラクター10選

特別お題「わたしの推し

 2022年1月10日に水島新司さんが亡くなりました。水島新司さんが活躍を始めた1970年代は、少年にとって野球一色でしたが、「巨人の星」とは一線を画したストーリーで野球少年たちを魅了し、その役割はサッカー界における「キャプテン翼」と匹敵すると思います。その後のプロ野球人気、特に当時人気が無かったパ・リーグの人気高揚に尽力しました。

 個人的には「あぶさん」も一気読みしましたが、やはり嵌まったのは「ドカベン」。中学の柔道部時代から話は始まって、そのキャラクターは数え切れないほど。その中でも特別な「明訓四天王+1(山田、里中、岩鬼殿馬、微笑)」を除いて、私が好きなキャラクター10選を、水島新司先生追悼の意も込めて取り上げさせていただきます。

 (なお、画像は全て水島プロダクションによるものです)

 

10 木下 次郎(わびすけ)

 元々は中学の柔道部編のキャラで、山田・岩鬼殿馬らと同じ鷹丘中学卒。柔道部の主将で、黒帯でもありますが、周りの強いキャラに囲まれてフツーに見えます。

 高校に行ってから野球部に入り、群馬県赤城山高校の遊撃手兼投手の「両投」投手。どちらの腕で投げるか分からないという変則投球フォームで、対戦した山田を翻弄します。そして人間的にも成長していて、中学とは違いしっかりとした「芯」が感じられます。

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  *中学ではこんな感じでした。

9 高代 智秋

 明訓高校野球部で山田世代の1年後輩。里中の後のエース、渚と同級生。

 山田世代と比べると甘さは拭えません。土井垣監督から投手に見切られて内野手に転向させられます。

 鮮やかな出番は少ないですが、「大甲子園」の決勝、紫義塾戦で先輩・岩鬼に言われて「勝つ!」と円陣で気合いを入れたシーンは印象深いものがあります。

 なお明訓高校の遊撃手は先輩に石毛がいて、当時の西武の石毛遊撃手・日本ハム高代遊撃手、そして南海の定岡「智秋」遊撃手と重なるキャラになっています。

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   *このコマは「大甲子園」からですが、ベストと思っています。

 

8 影丸 隼人

 中学時代は「わびすけ」と同じく柔道の選手で、山田や岩鬼のライバルでした。得意技はバックドロップ投げ(?)。

 高校進学後は千葉県・クリーンハイスクールの投手として、全身を使う背負い投げ投法で威力ある速球を投げ、活躍します。関東大会準決勝で対戦し、捕手の代わりに本塁ブロックに入り、走者の岩鬼に「因縁の」バックドロップで岩鬼は気絶したが、ホームベースを踏んだあとに影丸がボールをこぼし、サヨナラとなってしまいます。

 f:id:nmukkun:20220118113724j:plain *その後岩鬼と因縁になったバックドロップ投げ

 

7 中(あたる)二美夫

 アマチュア時代から親交があった江川卓をモデルに、父・江川二美夫と、弟・江川中の名前を穫って「江川学院」のエースとした設定。ノーヒットノーランを達成して注目を浴びて明訓高校と対戦しますが、山田との対戦5打席全て敬遠を行い、大ブーイングを受けるという、後の星陵高校・松井選手を彷彿とさせるエピソードを作りました。後日、中は肩を痛めていたため苦渋の決断だったと語っています。

 ちなみに江川卓の弟中は、傑出した才能を持つ兄の影響か、父から東大を期待されるも一橋大に進学し、役人を期待されるも電電公社(現NTT)に就職して、このキャラと同様に「期待をかわす」性格を持っていたようで、興味深く思いました。その後「ファミリーヒストリー」で紹介されて、NTT関連会社の監査役にまで出世したことがわかりました。

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6 緒方 勉

 いわき東高校のエース。正確なコントロールと、ベースの約80センチ手前で落ちる超高校級のフォークボールを武器にしています。そしてそのチームカラーは、昭和の高校野球を代表したようです。

 山田たちが1年時、病気で倒れた出稼ぎの父親の代わりに、働きながら神奈川大会予選を観戦するキャラクター「出かせぎくん」として登場します。地元の炭鉱の廃鉱が決定し、チームメイトと離れ離れになる思いを糧に、夏の甲子園出場を決め、決勝まで進み明訓高校と対戦します。

 昭和46年の夏の甲子園で、神奈川の桐蔭高校と福島の磐城高校が決勝戦を繰り広げました。炭鉱の廃鉱や出稼ぎなど当時の世相も反映して、なぜか平成最後の甲子園を席巻した金足農業を思い出させます。

  f:id:nmukkun:20220118114110j:plain *このようなコマ割りは、不知火を始め時々登場します

 

5 武蔵坊 数馬

 明訓高校に唯一の黒星をつけた、岩手・弁慶高校の主砲。山伏の修行で培った神通力で、岩鬼の母の病気や、中二美夫の肩を治す奇跡を起こします。野球でもボールを引き寄せる力を持ち、敬遠のボールを打ったり、ホームラン級の打球を捕球するなどの力を持ちます。明訓高校戦では曲者・殿馬を最後まで警戒して、最後の場面でダブルプレーを狙った送球を額で防ぎ、「武蔵坊弁慶の立ち往生」を再現し、「義経の八艘跳び」を呼び起こしてサヨナラ勝ちを演出しました。

 その後は後遺症に苦しみますが、山田と岩鬼の友情で奇跡的に復活します。ただし野球に復帰はしないまま終わり、明訓高校に唯一勝ったチームとして相応しい存在感を示し、その役割を終えました。

  f:id:nmukkun:20220118114409j:plain *弁慶の立ち往生

 

4 土門 剛介

 横浜学院高校のエースで四番。再起不能といわれる事故に遭うものの、見事復帰して2年秋の大会から登場します。その剛速球は「超剛球」と呼ばれ、捕手や送球を受ける野手が骨折するほどの威力だったため、試合では力をセーブして投球せざるを得ませんでした。

 彼の速球を受けられる捕手として微笑三太郎が転校してくる予定でしたが、手違いによりライバルの明訓高校に転校してしまいます。しかしいじめられっ子の谷津吾朗が土門のボールを受け、思い通りの投球で明訓高校に立ちはだかります。山田は見事に抑えますが、皮肉なことに微笑に逆転満塁サヨナラホームランを打たれ敗戦します。。

 その体格と雰囲気はまさに「大魔神」。プロ野球編ではベイスターズに入団し、佐々木と投手陣の双璧となったのは、「イチロー殿馬の1、2番コンビ」と同じ位、誰もが期待した絵柄でした。

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3 犬飼 小次郎

 高知土佐丸高校のエースで、通称「鳴門の牙」。鳴門は徳島県だろ! とのツッコミも見受けられますが、連載当時の甲子園予選は徳島・高知で1校選出だったため、私個人ではOKです。実家は土佐闘犬を育てて「殺人野球」と評される土佐丸高校の主将・監督ですが(少子化の時代では生徒が集らないゾ)、山田とは「爽やかな」ライバル関係を続けています。

 また男気にも溢れ、プロに入ってからは、渡辺久信と延長戦まで投げ合い、同僚の岩鬼本塁打王と穫らせるために山田を封じこめました。ちなみにドカベンが打ったホームランで一番印象に残っているのが、1年夏の甲子園で犬飼小次郎から打った、顎を引いたダウンスイングの見事なフォームで打ったホームランです。

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 *高野連が黙っていない(?)土佐丸高校。弁慶高校の入場シーンも合わせて。

 

2 不知火 守

 神奈川県・白新高校のエースで、明訓高校最大のライバル。ちなみに作者が新潟県の白新中学出身で、新潟明訓高校に入れなかったために明訓高校を設定し、自分の出身校をライバルとしたのは有名な話。明訓高校と神奈川県予選で5回戦うも、ついに勝つ事が出来ませんでした(関東大会に出場して、春の甲子園には行けたと思うけど・・・・)。それにしても、点の取られ方がルールブックの盲点をつかれるなど、不運な時が多くなっています。

 高校生離れした速球と高速フォーク、そして「ハエボール」と呼ばれた超スローボールを持ちます。左目が見えないため、右目だけが見えるようにつばの割れた帽子を被っていますが、その後父親からの角膜移植手術を受け、高校2年からは両目とも通常の視力を回復するも、トレードマークとしてプロになってからも、つばの割れた帽子を被り続けます。プロに入った初戦、土井垣とバッテリーを組んで、ノーヒットノーランを達成します。

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1 土井垣 将

 明訓高校で山田世代より2年上の先輩。山田が新入生の時は同じ捕手として、昔ながらの捕手の体型もあり疎んじていましたが、次第にその能力を認め、自分は1塁に移り気遣いをみせるようになります。3年で甲子園優勝したあと、山田世代に手応えを感じて徳川監督の後の監督に就任、ドラフト1位で日本ハムに指名されますが、明訓高校が敗れるまで入団はしないと断ります。

 しかし翌年夏の甲子園で弁慶高校に敗れると、潔く翌日日ハムの大沢監督(元祖「喝!」の人)を訪れて、頭を下げて入団を受け入れる男気のある人物。日本ハムではポジションは捕手に戻り、新人王を獲得、その後も指導者としての道を歩み、山田にとってよき先輩、よき指導者を演じました。

  f:id:nmukkun:20220118115201j:plain *大沢監督も神奈川県出身で南海出身です。

 

 球道くんや一球さんは「大甲子園」組なので外し、他に選手以外でも、徳川監督やドカベンの妹で里中と結婚するサチ子、岩鬼の父も良い味を出しているし・・・・ 

 きりがないほどの登場人物たち。改めて合掌。

 

医療従事者の方が歌う「明日に架ける橋」

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 先日1月14日の深夜NHKBSで、1981年にニューヨークのセントラルパークで開かれたサイモン&ガーファンクルの「伝説のコンサート」が久しぶりに放送されました。懐かしさの余り録画して見ましたが、名曲の数々にシビれ、そして涙ぐむ時も(年を重ねた証拠か?)。

 その中でも屈指の名曲「Bridge Over Troubled Water」。若い頃何度も聴いて、そして様々なバージョンでも随一と思える「セントラルパーク・ライブバージョン」。学生時代に挫折感を抱えた時に、日本語訳を見ながら聴く機会があって、そのメロディと共に心にしみわたったことを思い出します。この詩で、”right”が「右」や「正義」だけでなく、副詞で「直ちに」を意味する用法も知りました。

 


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 以下は、私が「意訳」した日本語訳を並べたものです。参考にしてください。

 

 When you’re weary   Feeling small 

 When tears are in your eyes   I will dry them all 

  君が生きる事に疲れて  自分がちっぽけに思える時。

  そして思わず涙ぐんでしまったら  僕はいつでも、その涙をすべて拭ってあげる。

 

 I’m on your side  When times get rough  And friends just can’t be found

  僕は君の側にいる。  君が辛い時も、  そして友達がいない時も。

 

 Like a bridge over troubled water  I will lay me down      

 Like a bridge over troubled water  I will lay me down

  激流にかかる橋のように 僕がそんな君の架け橋となろう。

 

 When you’re down and out  When you’re on the stree

 When evening falls so hard  I will comfort you

  君がおちぶれて希望を失ってしまい  1人街をさまよって

  1日の終わりを辛く感じる時、  僕が君を慰めよう。

 

 I’ll take your part  When darkness comes  And pain is all around

  僕はいつでも、君の支えになる  例え暗闇が訪れ  君が苦しみに囲まれても。

 

 Like a bridge over troubled water  I will lay me down

 Like a bridge over troubled water  I will lay me down

 

 Sail on Silver Girl *  Sail on by 

 Your time has come to shine  All your dreams are on their way      

  銀の少女よ、前に漕ぎ出そう  さあ、船を漕ぎ出すんだ

  輝く君の人生に沿って  君の輝かしい人生はその先にあるから。

 

 See how they shine, oh  If you need a friend  I’m sailing right behind          

  ほら、あんなにも輝いている  もし君が友を求めるならば  僕がすぐ後ろからついて行く。

 

 Like a bridge over troubled water  I will ease your mind 

 Like a bridge over troubled water  I will ease your mind

  激流にかかる橋のように  君のそんな心を安らげよう

 

 「Silver Girl」 作詞したポール・サイモンが、後の妻となる女性が白髪(grey hairs)を見つけ、悲しんでいるところを見て曲に組み入れたという。

 

 久しぶりに聴いたので「ググって」みたら、この曲をウェールズの医療従事者がリモートで歌っている動画がありました。アップしたのは2020年5月でもう大分前になります。当時も評判になったらしいので、既に拝聴された方も多いかと思いますが、今改めて見ますと、曲を皆さんで歌う気持ちや、歌っている方々の賛美歌にも思える歌唱力、そして仮設の病院を建設している人も画像に加えてあり、心を打たれました(2番はウェールズ語で歌っているそうです)。

 本来ならば我々が医療従事者の方々へ、この歌詞を捧げなければならないもの。今更ではありますが、急速に第6波を迎えている昨今。流行し始めた当時の緊張感と、改めて医療従事者の方への感謝を忘れずに、そして一刻も早くコロナ禍が収束することを祈って、動画を掲載させて頂きます。上の「本物」と是非聞き比べて下さい。違った味わいがあります。

 


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*曲は1:50位から始まります。最後の「I will ease your mind」が心にしみます。

 

 I’m sailing ”right” behind ・・・・