小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

20 隠居絵具師 (事件簿)

【あらすじ】

 絵具会社を経営し、今は隠居生活を営んでいるジョサイア・アンバリーから事件の依頼があった。妻と友人のアーネスト医師が内通しており、彼の蓄えの現金と有価証券を持ち逃げしたと訴える。

 ワトスンがアンバリー邸を訪れた時、アンバリーは「気を紛らわすため」として家中をペンキ塗りしており、家中がペンキのにおいで一杯だった。

 ワトスンがロンドンに戻った翌日、アンバリーがこの事件について情報を知っているという電報を受け取ったとしてベイカー街を訪れる。ホームズは今すぐ電報に書かれた住所へ向かうべきと主張するが、アンバリーは乗り気ではない。渋々ながらワトスンと一緒に電報の住所へ向かうが、そこに住んでいる牧師はそんな電報は打っていないと話す。

 

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【感想】

 「事件簿」では終わりから3番目の事件だが、私が最初に読んだ新潮文庫版「シャーロック・ホームズの叡智」では最後に収録されていたため、私からみると最後の事件のイメージが強い。

 事件の依頼に対して、他の事件の捜査中と言って、余り乗り気でないホームズ。とは言えワトスンの調査に1は褒め、9は不満をぶつけ、自身で情報を収集しているホームズは相変わらず意地悪い。その上頼りにしている雰囲気を出し、余り愉快でない依頼人とあちこち連れまわされるワトスンは、最後の最後まで(?)気の毒に感じる。

 題名にも通じる、ペンキを塗りたくる依頼人。その依頼人の近所の評判。ワトスンを尾行する謎の男。ホームズが打つ電報の指示内容の奇妙なこと。そして最後にアンバリー邸で依頼人とワトスンを待つホームズと謎の男。いろいろな謎がつながって、ホームズが依頼人にする質問は、想像の裏をかくもの。事件の途中に音楽会に行くことも含めて(笑)「場面ががらりと変わる」ホームズ物語がまた見られた印象になる。

 しかし嫉妬深くて守銭奴な、外見上は人生に疲れたような人間が、隠居してから二十歳も若い女性と結婚するのは、ハナから「勘違い」しているのだろう。そしてそれ以上に勘違いしたのは、事件をホームズに依頼したこと。外の評判を気にするなんで、この性格では似合わない。ハナから無視するか、違う方法を考えるべきだった。

 最後にひとつ。この依頼人と被害者の設定は、エラリー・クイーンが中期に著わした名作で設定した登場人物の関係を思い出させる。

19 ソア橋 (事件簿)

【あらすじ】

 アメリカの上院議員で世界一の金鉱王、ニール・ギブスンがホームズの元を訪れた。屋敷に住み込みの家庭教師グレイス・ダンバー嬢が、ギブスンの妻マリアを殺害したとされる疑いを、晴らして欲しいという依頼である。

 屋敷付近にあるソア橋の上で、頭を撃ち抜かれて死んでいるマリアが発見された。現場に凶器の銃はなく、屋敷のグレイスの衣装棚から、口径が一致し1発使用されている銃が出てきた。ギブスンは容色に衰えを見せていた妻にはつらく当たり、一方で若く魅力的なグレイスに関心を示していたらしい。マリアが死ねばグレイスが後妻になると考えられ、グレイスにはアリバイもないため逮捕されたのである。

 ホームズとワトスンは、凶器の銃は屋敷にあった二丁セットのもので、その片方が行方不明になっていることを知る。現場のソア橋は、池に架かった石造りの橋だった。調査を始めたホームズは、石の欄干に新しい欠けた傷があることに気づく。 

 

 

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【感想】

 まず依頼人、ニール・ギブソンの性格描写が強烈。全ての敵をやっつけて回して世界一の金鉱王になった、自分の思い通りにならないと気が済まない性格をよく描いている。対してホームズは、依頼人が真実を話さないと依頼を受けない、まるでゴルゴ13のような(笑)対応をしている(「捜査の料金は一定です」と言っているがww)。

 トリックは、本作品の題名が使われるほど有名。その後数々の応用編がミステリーで使われている。ドイル自身も、実際の事件を参考にしたとの話もあるが、「物語」としての使い方が秀逸。

 強烈な自我を持つアメリカ人の金鉱王と、情熱的な愛情を終始放ちつづけるブラジル人の女性。そしてその間で翻弄される、美しく献身的な若いイギリス人女性の関係。この人間関係のなかでのドラマを、ドイルは一つのアイディアを元に結び付ける。どれも「ステレオタイプ」な描き方で、ここでもドイルの他国への思いの一つが感じられるが、それだけに語られる真相は説得力を持つ。

 その真実は、男女の愛情について遠慮のない現実を容赦なく「暴きたてて」いる。そのため、他国人の設定が当時は必要だったのだろう。金鉱王は、若い時は女性も美しく自身も熱情的で結婚したが、何年かするとなんの共通点もないことに気づいて男性は愛情がさめる。

 金鉱王は、その女性と会った時の情熱を、今も変わらずぶつけて来るのがうとましくなり、その後現れた若いイギリス人女性に心を奪われる。率直すぎるほど率直なドリルの筆。但し金鉱王は、そのブラジル人の妻につらく当たるが、「捨てきる」ことまではできない。そして情熱的な妻は、その情熱を抑えることができず、その情熱を放つ先を捜して、惑う。

 事件は解決し、強烈な自我を持つアメリカ人の金鉱王と美しく献身的な若いイギリス人女性は残される。最後にホームズは金鉱王に対して、「悲しみ」をいくばくか学びとるように期待しているが、これもホームズ物語でそこかしこに流れる、宗主国イギリスから見るアメリカへの「視線の角度」が現れている気がしてならない。

18 ブルース・パーティントン設計書 (挨拶)

【あらすじ】

 兵器工場に勤めるカドガン・ウェスト青年が、ロンドンの地下鉄の線路脇で死体となって発見された。死体の服のポケットに入っていたのは、イギリス国家の最高機密とされ、ウェスト青年が勤める兵器工場の金庫室に厳重に保管されていたはずの最新鋭兵器「ブルース・パーティントン型潜水艦」の設計書の一部であった。残り3枚の図面は潜水艦の設計書の中でも特に重要な部分で、その3枚が敵国に渡ればイギリスが重大な危機にさらされることは明白であり、政府の内部は大騒ぎとなった。

 そしてホームズの兄マイクロフトが自ら訪ね、弟のシャーロックに事件の捜査を依頼した。国家の最高機密である新型潜水艦の設計書がなぜ持ち出されたのか、死体はどうやって運ばれたのか。残りの3枚の図面はどこにあるのか。マイクロフトは、他の事件の依頼を全て後回しにしてこの事件の捜査に全力を尽くすよう、ホームズに強く要請した。

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【感想】

 マイクロフトの登場する作品、というだけでもお気に入り。但し「ギリシャ語通訳」でうまく兄弟の活躍を描けなかったせいか、マイクロフトが前面に登場する作品は数少ない。「両雄並び立たず」なのか。 

 その点本作品は、兄弟が力を合わせながら一歩一歩真相に近づいていく構成に徹底しており、捜査の手順もいつになく明確な様子が他の作品と違っている。

 当初の警察の「筋読み」と同じ感想を持っていたホームズは、捜査を続けるうちに別の仮説にたどり着くことになる。切符の持たない被害者とポイントが集中している死体発見現場の特徴から、地下鉄の屋根のトリックを見破り、そこから犯人を推測する手順。そして不思議な広告から事件と関連付け、そこから実行犯をおびき出す「罠」。一つ一つを「ネジでキッチリと締め上げた」ような構成であり、作品全体の完成度が非常に高く感じられる。私もお気に入りの作品だが、ドイルの代表作の1つと言いたい。

 話が国家レベルになる作品はホームズ物語でいくつかあるが、そんな事件の真相は意外と身近にあるケースが多い。この作品もその1つ。最初は犯人と思われたカドガン・ウェストが実は、設計書を取り返そうとして逆に命を奪われた事実。残された婚約者と自殺した潜水艦局長に思いをはせるとともに、「カドガン・ウェスト」の名前は、読後もしばらく心に残った。

 それにしても、マイクロフトがホームズの部屋に来ることを「田園の小道を市街電車が走っている」だの、「惑星がその軌道をはずれて飛び出したようなもの」だの、よくもまあこんな表現を使い回すことができるなと感心する(笑)。仲のいい兄弟である。

 

 (兄マイクロロフトの初登場作品はこちらから) 

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